雇用と物価水準
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プレミアムで見る前節では労働市場を分析し、古典派とケインズで名目賃金率のとらえ方が違うことを確認しました。この節では、その違いがAS曲線の形にどう現れるかを見ていきます。
AS曲線(総供給曲線)は、与えられた物価水準に対し、経済全体でどれだけ労働者が雇用され、生産が行われるかを表しています。AS曲線はAD曲線と同様、縦軸に物価 、横軸に総供給 をとるグラフで示されますが、その形状は、労働市場に関する想定の違いにより、古典派理論とケインズ理論で異なります。
古典派は垂直、ケインズは途中まで右上がりで完全雇用国民所得のところで垂直。この形の違いが、次節で政策の効果についての結論を分けることになります。令和4年第7問、令和5年第9問などで、形状とシフトが問われています。
簡単にいうと
働く人が増えれば、作られるものも増える。この当たり前の関係が、労働市場とAS曲線をつなぐ橋だよ!
① 基本の関係
AS曲線を導く出発点は、とても素朴な関係です。
雇用量が増えれば総供給が増加すると考えます。
労働者が増加することにより供給量が増加する、というイメージです。
簡単にいうと
古典派は完全雇用でずっと垂直。ケインズは物価が低いうちは右上がりで、完全雇用に達したら垂直になるよ!
① 古典派理論のAS曲線 ― 垂直
古典派理論では、**いかなる物価水準に対しても、名目賃金率が伸縮的に変化する結果、
完全雇用 が実現する**ため、
国民所得は完全雇用国民所得(
簡単にいうと
原材料が安くなったり、技術が良くなったりすると、同じ物価・同じ雇用でもたくさん作れる。だからAS曲線は右へ動くよ!
① 右シフトの要因
次のような変化は、物価および雇用量が不変であっても生産量の拡大という効果をもたらします。
その結果、AS曲線は右にシフトします。
| 要因 | 内容 |
|---|---|
| 原材料費の下落によるコスト改善 | エネルギーなどの原材料価格が下がる |
| 生産技術の改善による生産性向上 |
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② 労働市場からAS曲線へ
前節で、物価水準が変われば雇用量がどうなるかを見ました。
この関係と組み合わせれば、物価水準と総供給の関係が分かります。
この連鎖をたどった結果を、縦軸に物価、横軸に総供給(国民所得)をとった図に描いたものが
AS曲線です。
第7章でIS曲線を、第8章でLM曲線を、この章でAD曲線を導いたときと同じ手順です。
別の図での関係を、目的の図に写し取る、という作業をくり返しています。
③ AS曲線の定義
AS(Aggregate Supply)曲線(総供給曲線)は、
各物価水準において総供給がどれだけなされるかを示す曲線です。
別の言い方をすると、
**与えられた物価水準に対し、経済全体でどれだけ労働者が雇用され、
生産が行われるかを表している**曲線です。
④ AD曲線との対比
| AD曲線 | AS曲線 | |
|---|---|---|
| 何を表すか | 各物価水準での総需要 | 各物価水準での総供給 |
| どこから導かれるか | 生産物市場+貨幣市場(IS-LM分析) | 労働市場 |
| 縦軸・横軸 | 物価・国民所得 | 物価・国民所得 |
| 形状 | 右下がり(通常) | 古典派は垂直、ケインズは屈折 |
| 派の違い | なし | あり(対立の焦点) |
AD曲線については、古典派とケインズで形が違うという話は出てきませんでした。
対立が起きるのは供給サイド、つまり労働市場をどう見るかです。
⑤ なぜ労働市場だけで供給が決まるのか
現実の生産には、労働のほかに資本設備や技術も必要です。
しかしAD-AS分析では、短期の分析として、
資本設備や技術は与えられたものと考えます(すぐには変えられないからです)。
すると、生産量を動かせるのは雇用量だけです。
だから「雇用量が増えれば総供給が増える」という関係だけを見ればよいことになります。
(資本設備や技術が変わる場合は、AS曲線そのものがシフトします。
これはこの節の最後のテーマで扱います。)
具体例
労働市場の分析結果から、AS曲線を組み立ててみましょう。
前節のケインズ理論のケース
| 物価 | 名目賃金率 | 実質賃金率 | 雇用量(万人) |
|---|---|---|---|
| 0.7 | 30(硬直) | 42.9 | 75 |
| 0.8 | 30(硬直) | 37.5 | 85 |
| 0.9 | 30(硬直) | 33.3 | 93 |
| 1.0 | 30 | 30.0 | 100(完全雇用) |
| 1.1 | 33(伸縮) | 30.0 | 100 |
| 1.2 | 36(伸縮) | 30.0 | 100 |
雇用量を総供給に置き換える
雇用量1万人あたり総供給が8兆円生まれるとします。
| 物価 | 雇用量 | 総供給(兆円) |
|---|---|---|
| 0.7 | 75 | 600 |
| 0.8 | 85 | 680 |
| 0.9 | 93 | 744 |
| 1.0 | 100 | 800(完全雇用国民所得) |
| 1.1 |
グラフに描く
縦軸に物価、横軸に総供給をとってプロットすると、
**原点側から完全雇用国民所得(800)までは右上がりで、
そこから上は垂直**、という屈折した形になりました。
これがケインズ理論のAS曲線です。
古典派のケースも確かめる
| 物価 | 名目賃金率 | 実質賃金率 | 雇用量 | 総供給 |
|---|---|---|---|---|
| 0.7 | 21 | 30.0 | 100 | 800 |
| 0.8 | 24 | 30.0 |
名目賃金率が伸縮的なので、実質賃金率はいつも30。
雇用量もいつも100(完全雇用)。総供給もいつも800です。
物価がいくらであっても総供給は800なので、
グラフは の垂直線になります。
これが古典派理論のAS曲線です。
表から形が読み取れる
わざわざグラフを描かなくても、表を見れば形が分かります。
試験でAS曲線の形を問われたら、
「その物価水準で雇用量は増えるか」を考えれば答えが出ます。
次のテーマへ
なぜ古典派は垂直で、ケインズは屈折するのか。
試験のポイント
したがって、古典派理論のAS曲線は垂直となります。
なぜか
物価が上がっても下がっても、名目賃金率が同じだけ動くので、実質賃金率は変わりません。
実質賃金率が変わらなければ、労働需要も労働供給も変わらず、雇用量は のままです。
雇用量が変わらなければ総供給も変わらないので、
物価(縦軸)が何であっても総供給(横軸)は で一定。つまり垂直です。
② ケインズ理論のAS曲線 ― 屈折
ケインズ理論のAS曲線は、
**原点から完全雇用国民所得(もしくは物価水準 )までは右上がりで、
完全雇用国民所得 のところで垂直となります。**
なぜ右上がりの部分ができるのか
前節で、物価が下落すると非自発的失業が増加することを確認しました。
そのため、**物価が から下落するほど非自発的失業が増加し、
それに伴って総供給が減少する**ことが確認できます。
物価が下がると総供給が減るのですから、
逆に言えば物価が上がると総供給が増える、つまり右上がりです。
なぜ垂直になる部分ができるのか
**物価が より上昇するケースでは、雇用量が完全雇用 で一定となるため、
国民所得は完全雇用国民所得 で一定**となります。
物価が上がるときは名目賃金率も伸縮的に上がるので、実質賃金率は変わりません。
実質賃金率が変わらなければ雇用量も変わらないので、総供給も変わらないわけです。
③ 2つの形を並べる
| 古典派 | ケインズ | |
|---|---|---|
| 名目賃金率の想定 | 伸縮的 | 下方硬直的 |
| の領域 | 垂直( で一定) | 右上がり() |
| の領域 | 垂直( で一定) | 垂直( |
| 非自発的失業 | 存在しない | 右上がりの部分で存在する |
| 完全雇用 | つねに実現 | のときだけ実現 |
④ 図を言葉で描いてみる
古典派のAS曲線: 横軸の の位置から真上に伸びる1本の垂直線。
ケインズのAS曲線: 左下から右上に向かって斜めに上がっていき、
物価が に達したところ(横軸では )で折れ曲がり、そこから上は垂直。
「チェックマーク(レ点)を伸ばしたような形」と覚える人もいます。
⑤ 屈折点の意味
ケインズのAS曲線が折れ曲がる点は、完全雇用が実現する点です。
第7章で学んだデフレギャップ・インフレギャップと同じ発想です。
⑥ ケインズのAS曲線をさらに単純化した形
教科書によっては、ケインズのAS曲線の右上がり部分を、
さらに単純化して水平として描くことがあります。
「完全雇用に達するまでは、物価が変わらずに生産だけが増える」という想定です。
これをケインジアンのAS曲線(逆L字型)とよぶこともあります。
第7章の45度線分析は、この水平な部分だけを見ていた、と理解できます。
物価が動かないという前提だったからです。
試験では、右上がり(屈折型)で出題されることが多いので、
まずはそちらを標準として覚えておいてください。
具体例
AS曲線の形の違いを、数値で並べてみましょう。
共通の設定: 完全雇用国民所得 、
古典派のAS曲線
| 物価 | 総供給 |
|---|---|
| 0.6 | 800 |
| 0.8 | 800 |
| 1.0 | 800 |
| 1.2 | 800 |
| 1.5 | 800 |
どの物価でも800。 の垂直線です。
ケインズのAS曲線
| 物価 | 総供給 | 状態 |
|---|---|---|
| 0.6 | 560 | 非自発的失業が多い |
| 0.8 | 680 | 非自発的失業がある |
| 0.9 | 744 | 非自発的失業が少しある |
| 1.0 |
物価1.0までは右上がり、そこから上は垂直です。
同じ物価の下落が、両者でどう違うか
物価が1.0から0.8に下がったとします。
| 古典派 | ケインズ | |
|---|---|---|
| 名目賃金率 | 30 → 24(下がる) | 30 → 30(下がらない) |
| 実質賃金率 | 30 → 30(不変) | 30 → 37.5(上がる) |
| 雇用量 | 100 → 100(不変) | 100 → 85(減る) |
| 総供給 | 800 → 800(不変) | 800 → 680(減る) |
| 非自発的失業 | なし | 25万人 |
同じ出来事なのに、結論がまったく違います。
違いは、名目賃金率が下がるかどうかの一点だけです。
どちらが現実的か
ケインズの想定のほうが、現実の観察に近いとされます。
不況になっても給料が一斉に下がることはまれで、
実際には雇用が減る(失業が増える)形で調整されるからです。
一方、長い目で見れば賃金も調整されていくので、
長期には古典派、短期にはケインズという整理をすることもあります。
設例(令和4年第7問に近い形)
問: AS曲線に関する記述として、最も適切なものはどれか。
解答: イ

古典派とケインズのAS曲線
試験のポイント
| 資本装備率の上昇 | 1人あたり機械設備が増える |
どれも「同じ物価・同じ雇用量でも、より多く生産できるようになる」という共通点があります。
② なぜシフトなのか
AS曲線は「物価と総供給の関係」を描いた線でした。
物価が変わったなら、それは曲線上の移動です(物価は縦軸なので)。
一方、原材料費や技術は軸に取られていません。
これらが変われば、同じ物価に対する総供給の水準そのものが変わるので、
曲線全体がずれます。つまりシフトです。
IS曲線、LM曲線、AD曲線のときと同じ原則です。
軸に取られている変数なら移動、そうでなければシフト。
③ 左シフトの要因
右シフトの逆を考えれば分かります。
| 要因 | 内容 |
|---|---|
| 原材料費の上昇 | 石油危機など |
| 生産技術の悪化 | 災害で設備が失われるなど |
| 資本装備率の低下 | 設備投資が細るなど |
とくに原材料費の上昇は、次節で扱うスタグフレーションの原因になります。
④ 古典派とケインズで、シフトの見え方が違う
古典派の場合(垂直な線)
AS曲線は垂直線なので、右シフトすると垂直線が右へ平行移動します。
完全雇用国民所得 そのものが大きくなった、という意味です。
技術が進歩すれば、同じ雇用量でもより多く作れるので、当然のことです。
ケインズの場合(屈折した線)
右上がりの部分も、垂直の部分も、そろって右へ移動します。
屈折点(完全雇用国民所得)も右にずれるので、
「完全雇用で達成できる生産量が増えた」ことになります。
⑤ AD曲線のシフトとの対比
| 曲線 | 右シフトさせるもの |
|---|---|
| AD曲線 | 政府支出の増加、減税、貨幣供給の増加(需要側の政策) |
| AS曲線 | 原材料費の下落、技術の改善、資本装備率の上昇(供給側の条件) |
需要側は政策で動かせるが、供給側は政策では簡単に動かせない、
という違いがあります。
技術の改善や資本装備率の上昇は、時間のかかる話です。
だから短期の景気対策では、もっぱらAD曲線を動かす政策が議論されます。
一方、長期の成長を考えるなら、AS曲線を右にシフトさせることが重要になります。
「成長戦略」や「規制改革」といった議論は、AS曲線を動かそうという話です。
⑥ 第7章の潜在GDPとのつながり
第7章で学んだ潜在GDPは、
「生産要素が最大限に投入された場合に実現可能な産出量」でした。
これは、AS曲線の垂直部分の位置、つまり完全雇用国民所得 にあたります。
AS曲線が右にシフトするということは、潜在GDPが増えるということです。
需給ギャップの分母が大きくなる、と言い換えることもできます。
具体例
AS曲線のシフトを、具体的な出来事で考えてみましょう。
ケース1: 原油価格が大幅に下落した(右シフト)
エネルギー費用が下がるので、企業は同じ生産量をより安い費用で作れます。
言い換えると、同じ物価水準のもとで、より多く生産できるようになります。
| 物価 | シフト前の総供給 | シフト後の総供給 |
|---|---|---|
| 0.8 | 680 | 730 |
| 0.9 | 744 | 794 |
| 1.0 | 800 | 850 |
| 1.2 | 800 | 850 |
完全雇用国民所得も800から850に増えました。AS曲線が右にシフトしています。
ケース2: 原油価格が高騰した(左シフト)
逆に、原油価格が上がれば生産費用が増え、
同じ物価水準では作れる量が減ります。
| 物価 | シフト前 | シフト後 |
|---|---|---|
| 1.0 | 800 | 740 |
| 1.2 | 800 | 740 |
AS曲線が左にシフトしました。
このとき何が起こるかは次節で詳しく見ますが、
物価が上がるのに国民所得が減るという、たちの悪い状況が生まれます。
これがスタグフレーションです。
1970年代の石油危機で実際に起きたことであり、
「物価が上がれば景気が良い」という単純な図式が崩れた出来事でした。
ケース3: 生産技術が改善した(右シフト)
工場の自動化が進み、同じ100万人の雇用で作れる量が
800兆円から880兆円に増えたとします。
AS曲線が右にシフトし、完全雇用国民所得が880に増えます。
物価は変わっていないのに、生産量が増えたわけです。
これが「同じ物価・同じ雇用量でも生産量が拡大する」ということの中身です。
ケース4: 物価が上がった(シフトではない)
ケインズのAS曲線で、物価が0.8から1.0に上がったとします。
総供給は680から800に増えます。
しかしこれはAS曲線上を右上に移動しただけで、曲線そのものは動いていません。
物価はAD-AS図の縦軸だからです。
| 曲線 | 右シフト | 左シフト |
|---|---|---|
| IS曲線 | 政府支出の増加、減税 | 政府支出の減少、増税 |
| LM曲線 | 貨幣供給の増加、物価の低下 | 貨幣供給の減少、物価の上昇 |
| AD曲線 | 政府支出の増加、減税、貨幣供給の増加 | 政府支出の減少、増税、貨幣供給の減少 |
| AS曲線 | 原材料費の下落、技術の改善、資本装備率の上昇 | 原材料費の上昇、技術の悪化 |
LM曲線だけ物価が入っていることに注意してください。
AD曲線とAS曲線では、物価は縦軸なので移動になり、シフト要因には入りません。

AS曲線の左シフト(スタグフレーション)

AS曲線のシフト要因
試験のポイント
プレミアムプラン
¥9,800〜/ 買い切り・自動更新なし(税込)
決済はStripe(世界最高水準・PCI-DSS準拠)で安全に処理されます。カード情報は当サービスに保存されません。
| 800 |
| 1.2 | 100 | 800 |
| 800 |
| 1.0 | 30 | 30.0 | 100 | 800 |
| 1.2 | 36 | 30.0 | 100 | 800 |
| 完全雇用(屈折点) |
| 1.2 | 800 | 完全雇用 |
| 1.5 | 800 | 完全雇用 |
完全雇用が実現しているのは垂直部分です。
形を覚えるコツ
言葉で覚えるより、図を1回自分で描いてみるのがいちばん確実です。
1. 横軸に の位置を決める
2. 古典派: そこから真上に線を引く(以上)
3. ケインズ: 左下から に向かって斜めに線を引き、そこから真上に折れ曲がる
この2枚を描けるようになれば、次節のAD-AS分析はスムーズに進みます。
物価は縦軸なので、曲線上の移動です。
政府支出は需要側の話なので、AD曲線を右にシフトさせます。
判断の手順
1. その変化は需要側か供給側かを確認する
2. 物価かそれ以外かを確認する
3. 生産を増やす方向なら右、減らす方向なら左
4つの曲線のシフト要因をまとめておく