市場均衡と厚生分析
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プレミアムで見る前節で学んだ「余剰」という概念は、1つの財に焦点をあてた場合の分析で主に用いられます。一方、多数の財が存在するような場合の分析にも適用できる厚生の基準として、パレート効率性という概念があります。言葉はいかめしいのですが、中身は「ムダがあるかないか」という、とても単純な基準です。そして重要なのは、この基準が公平かどうかをまったく問わないという点です。ひとりがすべてを持っている状態でも、ムダがなければパレート効率的。この割り切りに驚くところから、この節は始まります。
簡単にいうと
「誰かを犠牲にしないと、もう誰も幸せにできない」。そんな状態がパレート効率的だよ。逆にいえば、誰も損させずに誰かを得させられるなら、まだムダがあるということ!リンゴとビールの例で考えると一発でわかるよ。
① パレート効率性の定義
ある状態がパレート効率的 → 他の誰かの効用を悪化させない限り、どの人の効用も改善することができない状態
パレート最適とも呼ばれます。試験ではどちらの言い方も出てくるので、同じものだと分かるようにしておいてください。
② 裏返して読むとわかりやすい
言い換えれば、パレート効率的でない状態は、誰の効用も下げずに少なくとも1人の効用を改善することができる方法が存在しているのに、それが行われていないという意味でムダが存在している状態です。
「誰も損させずに誰かを得させられる」ような余地が残っていれば、それはまだ改善できる状態です。その余地がなくなったところがパレート効率的な状態、というわけです。
③ 具体例で確認する
リンゴ10個とビール10本があり、これを A さんと B さんに分け与えるとしましょう。ただし、A さんはリンゴも好きだしビールも飲むが、B さんはビールは飲まないとしましょう。
5個ずつ分けた状態はパレート効率的ではない
2人に両財を5個ずつ分け与えている状態はパレート効率的ではありません。なぜならば、ビールを飲まない B さんから、飲む A さんに5本のビールを回すことで、ビールを飲まない B さんの効用を一定に保ったまま、A さんの効用を向上させることができるからです。
つまり、5個ずつ持っているという状態は、A さんの効用を向上させるという機会を見逃しているという点でムダが存在している状態なのです。
④ 一見不公平な状態がパレート効率的になる
一方、リンゴもビールもすべて A さんがもらうという(不公平ともいえる)状態はパレート効率的です。
具体例
リンゴとビールの配分について、いくつかのパターンを判定してみましょう。
設定 リンゴ10個、ビール10本。A さんは両方好き。B さんはリンゴは好きだがビールは飲まない(ビールの効用はゼロ)。
パターン1: A さん(リンゴ5・ビール5)、B さん(リンゴ5・ビール5)
B さんが持っているビール5本は、B さんにとって効用ゼロです。これを A さんに渡せば
誰も損せずに A さんが得をしました。パレート改善ができたので、もとの状態はパレート効率的ではありません。
パターン2: A さん(リンゴ5・ビール10)、B さん(リンゴ5・ビール0)
ビールはすべて A さんが持っています。ここからさらに改善できるでしょうか。
どの組み替えでも必ず誰かの効用が下がります。したがってこの状態はパレート効率的です。
パターン3: A さん(リンゴ10・ビール10)、B さん(リンゴ0・ビール0)
試験のポイント
簡単にいうと
ここが一番のポイント!パレート効率性は「公平かどうか」をまったく見ていないんだ。だから「効率的だから良い状態」とは限らない。この割り切りを理解しておくと、正誤問題で引っかからなくなるよ。
① 公平性は問わない
前のテーマの例からわかるように、パレート効率性というのはあくまで、「ムダ」があるかないかということを判断する基準です。
言い換えれば、誰がどれだけ受け取っているのか(いわゆる所得分配、公平性の問題)ということはまったく考慮しない基準です。
リンゴもビールもすべて A さんがもらい、B さんは何ももらえない。この状態も、パレート効率性の観点からは何の問題もない、ということになります。
② なぜ公平性を扱わないのか
背景には、第2章で学んだ「効用の個人間比較はできない」という考え方があります。
A さんの効用10と B さんの効用5を足して「社会全体の効用は15」と言うことはできません。効用の数値は人それぞれの尺度で付けられたものであり、共通の単位を持たないからです。
したがって、「A さんから B さんに1個渡したほうが社会全体としてよい」という判断も、経済学の枠内では下せません。できるのは「誰も損せずに誰かが得をするか」という、全員一致で改善だと言える変化を見つけることだけです。
簡単にいうと
この節の結論!完全競争市場の均衡は、必ずパレート効率的になるんだ。これには「厚生経済学の第一定理」というかっこいい名前がついているよ。逆にいえば、政府が介入すると効率的ではなくなる、ということでもある。
① 厚生経済学の第一定理
完全競争市場において均衡が実現する状態はパレート効率的である。これを厚生経済学の第一定理という。
アダム・スミスの「見えざる手」を、現代的な形で定式化したものだと考えてよいでしょう。誰も全体を調整していないのに、各人が自分の利益を追求した結果として、ムダのない状態が実現する、という主張です。
② なぜそうなるのか
完全競争市場において政府の介入がない場合には、社会的総余剰が最大化されており(これ以上社会的総余剰は増やせない)、その限られた社会的総余剰を市場参加者で分け合っているということになります。
よって、たとえば消費者の余剰が増加すれば、生産者の余剰が減少するといったことが生じます。
パイの大きさが最大化されているのですから、誰かの取り分を増やすには誰かの取り分を減らすほかありません。これがまさにパレート効率的ということです。
③ 政府の介入があるとどうなるか
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「誰かの効用を悪化させない限り、誰の効用も改善できない」という定義に、確かに当てはまっています。
⑤ 状態を判定する手順
ある配分がパレート効率的かどうかを判定するときは、次のように考えます。
1. 誰の効用も下げずに、少なくとも1人の効用を上げられる組み替えがあるか探す
2. 見つかれば → パレート効率的ではない
3. どう組み替えても必ず誰かの効用が下がる → パレート効率的である
探すのは「全員が損をしない、少なくとも1人が得をする」組み替えです。こうした改善をパレート改善と呼びます。パレート改善の余地がなくなった状態がパレート効率的、というわけです。
⑥ 前節の余剰との関係
前節では、社会的総余剰が最大化されている状態を「望ましい」と評価しました。パレート効率性はそれと同じことを、複数の財を含む一般的な形で言い直したものです。
死荷重が生じている状態は、まだ改善の余地があるということなので、パレート効率的ではありません。この対応を押さえておけば、両方の概念を1つの流れで理解できます。
やはりどの組み替えでも誰かの効用が下がります。したがってこの状態もパレート効率的です。
ステップ: 結果を整理する
| パターン | A さんの持ち分 | B さんの持ち分 | 判定 |
|---|---|---|---|
| 1 | リンゴ5・ビール5 | リンゴ5・ビール5 | 効率的でない |
| 2 | リンゴ5・ビール10 | リンゴ5・ビール0 | 効率的 |
| 3 | リンゴ10・ビール10 | リンゴ0・ビール0 | 効率的 |
見てのとおり、パレート効率的な状態は1つとは限りません。無数に存在します。そしてそのなかには、直感的にはとうてい公平とは言えない配分も含まれています。
ステップ: 判定のコツ
「ビールを飲まない人がビールを持っている」のような、明らかなミスマッチがあればパレート効率的ではありません。逆に、好まない財を誰も持っていない状態まで整理されていれば、あとは分け方が偏っていてもパレート効率的になります。
「ムダがないか」だけを見る基準である、という点をここでしっかりつかんでおいてください。
これがパレート効率性という基準の、慎重さでもあり限界でもあります。
③ 効率性と公平性は別の話
政策を評価するとき、経済学では次の2つの観点を分けて考えます。
| 観点 | 問い | 判断基準 |
|---|---|---|
| 効率性 | ムダがないか | パレート効率性、社会的総余剰 |
| 公平性 | 分配が適切か | 経済学だけでは決まらない(価値判断) |
効率的だが不公平な状態もあれば、公平だが非効率な状態もありえます。どちらを重んじるかは、経済学ではなく社会の選択の問題です。
診断士試験では効率性の側だけが問われますが、現実の政策論ではこの2つの緊張関係が常に問題になります。所得再分配政策が議論されるのは、市場に任せた結果が効率的ではあっても公平とは限らないからです。
④ パレート効率的な状態どうしの移動
パレート効率的な状態は無数に存在します。では、ある効率的な状態から別の効率的な状態へ移ることはできるでしょうか。
できます。ただしそのとき、ある個人を有利にすれば、必ず他の個人は不利になります。
理由は定義そのものです。出発点がすでにパレート効率的なのですから、誰かの効用を上げるには必ず誰かの効用を下げなければなりません。もしそうでないなら、出発点はパレート効率的ではなかったことになります。
この性質は正誤問題でそのまま出題されます。
⑤ 押さえておきたい言い換え
| 記述 | 正誤 |
|---|---|
| パレート最適な状態から別のパレート最適な状態へ移行するとき、ある個人を有利にすれば必ず他の個人は不利になる | 正 |
| パレート効率的な状態は、所得分配の観点からも望ましい状態である | 誤(公平性は考慮しない) |
| パレート効率的な状態はただ1つに定まる | 誤(無数に存在する) |
| 誰の効用も下げずに1人の効用を改善できるなら、その状態はパレート効率的である | 誤(効率的ではない) |
定義を正確に押さえておけば、どれも判定できます。
具体例
問題 次の記述の正誤を判定せよ。
「パレート最適な状態から配分を変更して別のパレート最適な状態へ移行するとき、ある個人を有利にすれば、必ず他の個人は不利になってしまう。」
(平成23年度 第14問 エ)
ステップ1: 出発点の性質を確認する
出発点はパレート最適(パレート効率的)な状態です。定義により、この状態では「他の誰かの効用を悪化させない限り、どの人の効用も改善することができない」はずです。
ステップ2: 記述の内容を定義に照らす
「ある個人を有利にすれば、必ず他の個人は不利になる」という記述は、まさに定義そのものを言い換えたものです。
もし誰も不利にせずに誰かを有利にできるのであれば、出発点はパレート最適ではなかったことになり、前提と矛盾します。
答え ○(正しい)
ステップ3: 数値で確かめる
リンゴ10個を A さんと B さんに分ける状況を考えます。どちらもリンゴを好み、多いほど効用が高いとします。
| 配分 | A さんのリンゴ | B さんのリンゴ | 判定 |
|---|---|---|---|
| ① | 10 | 0 | パレート効率的 |
| ② | 7 | 3 | パレート効率的 |
| ③ | 5 | 5 | パレート効率的 |
| ④ | 0 | 10 | パレート効率的 |
| ⑤ | 4 | 4(2個は誰も持たず放置) | 効率的ではない |
①〜④はいずれも10個すべてが誰かの手にあるので、一方を増やすには他方を減らすしかありません。すべてパレート効率的です。
⑤だけは2個が放置されています。これを誰かに渡せば、誰も損せずにその人が得をするので、パレート改善が可能です。したがって効率的ではありません。
ステップ4: ①から③へ移るとどうなるか
配分①(A さん10・B さん0)から配分③(A さん5・B さん5)へ移ると
確かに、一方を有利にすると他方が不利になっています。
ステップ5: 公平性との関係を確認する
配分①も配分③も、どちらもパレート効率的です。しかし直感的には、配分③のほうが公平に見えます。
では経済学は「③のほうがよい」と言えるでしょうか。言えません。 パレート効率性という基準では、①と③のどちらが優れているかを判定できないからです。
どちらを選ぶかは、社会がどんな価値観を採るかの問題です。経済学が答えを出せる範囲と、出せない範囲の境目が、ここにはっきり表れています。
ステップ6: 前節の内容とつなげる
第3節で、政府の介入(課税・補助金・価格規制)は死荷重を生むと学びました。死荷重があるということは、まだ改善の余地があるということですから、パレート効率的ではありません。
一方、政府の介入によって所得の分配は変わります。効率性を犠牲にして公平性を取る、という選択が現実の政策では行われている、ということです。

エッジワースのボックスダイアグラムと契約曲線
試験のポイント
死荷重があるということは、パイがまだ大きくできるということです。つまり誰も損させずに誰かを得させる余地が残っている、ということになります。
| 状態 | 社会的総余剰 | パレート効率性 |
|---|---|---|
| 完全競争市場(政府の介入なし) | 最大化されている | 効率的 |
| 課税 | 死荷重の分だけ減少 | 効率的でない |
| 補助金 | 死荷重の分だけ減少 | 効率的でない |
| 価格規制 | 死荷重の分だけ減少 | 効率的でない |
| 独占(第4章) | 死荷重が発生 | 効率的でない |
| 市場の失敗(第5章) | 最大化されない | 効率的でない |
④ この定理の限界
厚生経済学の第一定理には、いくつもの但し書きが付きます。
完全競争であること 第4章で学ぶ独占や寡占では成り立ちません。
市場の失敗がないこと 第5章で学ぶ外部効果、公共財、情報の非対称性、費用逓減産業がある場合は成り立ちません。これらの場合、政府の介入がかえって効率性を高めることがあります。
公平性は保証されないこと 前のテーマで確認したとおりです。効率的だからといって、望ましい分配が実現しているとは限りません。
つまりこの定理は「市場に任せておけば万事うまくいく」と言っているのではなく、「これこれの条件がそろえば、効率性については市場が答えを出す」と言っているにすぎません。逆にいえば、条件が満たされないところにこそ政策の出番がある、という読み方もできます。
⑤ 厚生経済学の第二定理
参考までに、厚生経済学の第二定理というものもあります。「適切な初期配分の再分配を行えば、どのパレート効率的な配分も競争均衡として実現できる」という内容です。
効率性の問題と公平性の問題を切り離して扱えるという主張で、「再分配は初期の段階で行い、あとは市場に任せればよい」という政策提言の根拠として引かれることがあります。診断士試験で問われることはまれですが、第一定理とセットで名前だけ知っておくと、経済学の全体像がつかみやすくなります。
⑥ 章全体のまとめ
第3章の結論をまとめておきましょう。
1. 需要曲線と供給曲線の交点で市場均衡が決まる(第1節)
2. 不均衡は価格または数量の調整によって解消される(第2節)
3. 完全競争市場では社会的総余剰が最大になり、政府の介入は死荷重を生む(第3節)
4. 完全競争市場の均衡はパレート効率的である(第4節)
この「市場は効率的である」という結論を出発点として、第4章では競争が不完全な場合を、第5章では市場そのものが失敗する場合を扱います。つまり第3章は、以降の章で「うまくいかない場合」を論じるための基準点を与えているわけです。
具体例
前節で計算した市場を使って、厚生経済学の第一定理を確認してみましょう。
設定 需要曲線 、供給曲線 。均衡価格30、均衡取引量60、社会的総余剰2,250。
ステップ1: 均衡状態がパレート効率的であることを確かめる
この状態から、誰も損させずに誰かを得させることができるでしょうか。
取引量を増やす場合()
40かけてつくったものを25でしか評価されない。誰かが15の損を被ります。損をさせずに増やすことはできません。
取引量を減らす場合()
35の価値があるものを20でつくれるのに、それをやめてしまう。誰かが15の得を失います。
価格だけを変える場合( にする)
生産者は得をしますが、消費者は損をします。しかも合計は2,250から1,950へ減っています。
どの方向に動かしても、必ず誰かが損をします。したがって均衡状態はパレート効率的です。
ステップ2: 課税後の状態が効率的でないことを確かめる
前節で計算したとおり、従量税15を課すと
この状態から税を撤廃すれば、社会的総余剰は2,250に戻ります。75だけパイが大きくなるわけです。
増えた75を、消費者・生産者・政府のあいだで適切に配れば、誰も損をせずに少なくとも1人が得をすることができます。つまりパレート改善の余地が残っている、ということです。
したがって課税後の状態はパレート効率的ではありません。
ステップ3: 余剰の分配を確かめる
均衡状態での余剰の分配を見てみましょう。
| 余剰 | 全体に占める割合 | |
|---|---|---|
| 消費者 | 900 | 40% |
| 生産者 | 1,350 | 60% |
| 合計 | 2,250 | 100% |
生産者のほうが多く受け取っています。これは供給曲線の傾きが需要曲線より急である(供給が非弾力的である)ためです。
しかし、この分配が「公平かどうか」をパレート効率性は判断しません。パイの大きさが最大であること、それだけが効率性の基準です。
ステップ4: 章の流れを確認する
| 章 | 扱う状況 | 効率性 |
|---|---|---|
| 第3章 | 完全競争市場、政府の介入なし | 効率的(基準点) |
| 第3章 | 政府の介入あり | 効率的でない |
| 第4章 | 独占・寡占(不完全競争) | 効率的でない |
| 第5章 | 市場の失敗 | 効率的でない。政府の介入が正当化されうる |
第3章で「うまくいく場合」を押さえたうえで、以降の章で「うまくいかない場合」を1つずつ見ていく。この見取り図を持っておくと、残りの章が読みやすくなります。
試験のポイント
プレミアムプラン
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