企業活動と経営戦略の全体概要
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プレミアムで見る「戦略」という言葉は、もともと軍事の世界のものでした。これが企業経営に持ち込まれたのは1960年代のアメリカです。以来60年あまり、経営戦略論はひとつの答えに落ち着くことなく、外側の位置取りを重んじる立場と、内側の能力を重んじる立場のあいだで揺れ動いてきました。この節では、その流れを5つの時代に区切って追いかけます。個々の理論はこのあとの章で詳しく学びますが、先に地図を持っておくと「なぜこの理論が出てきたのか」が腑に落ちやすくなります。人名と理論名を結びつける問題は毎年出題されるので、時代・人・主張の3点セットで覚えていきましょう。
簡単にいうと
経営戦略って、要するに「どうやって目標にたどり着くか」の大方針のこと。実はこの定義、学者によって微妙に違うんだ。その違いが試験に出るよ!
① さまざまな定義
経営戦略とは何か。この問いに対する答えは論者によって表現が異なります。よく引かれるものとしては、「企業の経営目的を達成するための包括的な手段として、外部および内部の環境変化に適応していくための決定指針」「経営目的を達成するための主要な方針と計画のパターン」といった言い方があります。
表現はさまざまですが、思い切って一言にまとめれば、企業がどうやって経営目的を達成し、成長していくかについての指針ととらえておけば大きく外れません。
② チャンドラーとアンゾフ、2つの定義
試験で問われるのは、代表的な2人の定義の違いです。
チャンドラー(A. D. Chandler)
「企業の長期的な目的および目標の決定、これらの目標を実行するために必要な活動方向と資源配分の決定である」
アンゾフ(H. I. Ansoff)
「経営戦略は主として企業の外部的問題であり、外部環境の変化に企業を全体として適応させるために、参入すべき製品と市場の組み合わせを決定することである」
③ 2つの違いはどこにあるか
両者の端的な違いは、経営目的そのものを戦略に含めるかどうかです。
| 論者 | 経営目的の扱い | 戦略の中身 |
|---|---|---|
具体例
ある食品メーカーが「健康志向の市場に力を入れ、5年で売上を2倍にする」という方針を立てたとします。
チャンドラーの見方では、「健康志向の市場に力を入れる」「5年で売上2倍」という目標を決めること自体が戦略に含まれます。そのうえで、研究開発費をどの事業にいくら配分するかまでが戦略です。
アンゾフの見方では、目標は経営目的として先に与えられているものとし、戦略の中身は「既存の顧客に新しい健康食品を売るのか、新しい顧客層に既存商品を売るのか」といった製品と市場の組み合わせの選択に絞られます。
同じ意思決定を見ていても、どこまでを戦略と呼ぶかが違うわけです。

経営戦略論の変遷
試験のポイント
簡単にいうと
まだ「戦略」という言葉がなかった時代。工場の効率化から始まって、人間関係の大切さ、組織とは何かへと関心が広がっていくよ!
① テイラー:科学的管理法(1911年)
経営戦略論の源流にさかのぼると、たどりつくのがフレデリック・テイラーです。テイラーは1911年、工場など作業現場の生産性を上げ、同時に働きがいも高めるために、労働者の仕事量を公正に定め、作業を標準化するという科学的管理法を提唱しました。
それまで工場の作業量は、現場の親方の経験と勘で決められていました。テイラーはストップウォッチで動作を計測し、ひとつの作業にかかる標準的な時間(課業)を科学的に定めたのです。その結果、労働者の意欲・生産効率・賃金がいずれも向上しました。
ただしその後、科学的な管理は人間性への配慮が足りないという見方をされるようになります。人を機械の一部のように扱っているのではないか、という批判です。
② メイヨー:人間関係論(1920〜1930年代)
テイラーの研究から10〜20年後、エルトン・メイヨーは、働く意欲を高めるうえで重要なのは作業環境の改善よりも良好な人間関係を築くことだとする人間関係論を唱えました。有名なホーソン実験(シカゴ郊外のホーソン工場で行われた一連の調査)が土台になっています。
簡単にいうと
ここでついに「戦略」という言葉が経営に登場!会社が合併でどんどん大きくなり、複数の事業をどう管理するかが問題になった時代だよ。
① アンゾフ:経営戦略の父
企業経営を「戦略」という概念を用いて表現したのが、経営戦略の父ともいわれるイゴール・アンゾフです。
1960年代になると欧米の経済は大きく発展し、企業の合併・買収がさかんに行われるようになりました。その結果、ひとつの企業が複数の事業を持つことが珍しくなくなります。そこでアンゾフは経営戦略を、個々の事業の戦略である「事業戦略」と、企業全体の戦略である「企業戦略」に分けて考えました。いま私たちが当たり前に使っている「企業戦略と事業戦略」という区分は、ここから始まっています。
またアンゾフは、現状の事業の延長ではない方向を指し示す成長ベクトル(製品=市場マトリックス)も提唱しています。これは第3章で詳しく扱います。
② BCGとPPM、そして大テイラー主義
アンゾフが示した事業ポートフォリオという考え方は、経営戦略に特化したコンサルティング会社であるボストンコンサルティンググループ(BCG)によるPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)
簡単にいうと
「どこで戦うか」がすべてを決める、と主張したのがポーター。5フォースも3つの基本戦略もバリューチェーンも、全部この人から出てきたよ!
① ポーターの主張
ポジショニング派の第一人者は、大テイラー主義の流れを汲むマイケル・E・ポーターです。
ポーターは経営戦略を、次の2段階でとらえました。
1. 儲かりうる市場を選ぶ(5フォース分析で業界の構造を見る)
2. 儲かる位置取りをする(ポーターの戦略3類型=3つの基本戦略)
つまりポジショニング(位置取り)が第一に重要だというのがポーターの立場です。
② ケイパビリティはあとからついてくる
簡単にいうと
位置取りだけでは勝ち続けられなかった。そこで「自社の中にある能力こそが強さの源だ」という逆向きの主張が出てくるよ!
① なぜ揺り戻しが起きたのか
ポジショニングを重んじる戦略を展開した企業は、しだいに業績を低迷させ、1990年代の前半までに大きな経営危機に見舞われるケースも少なくありませんでした。いったん築いた競争優位が持続しなかったからです。
有利な位置を見つけても、その位置が儲かると分かれば他社も参入してきます。外から見て分かる位置取りは、外から真似されるのです。このような状況のなかで台頭してきたのが、ケイパビリティ(組織能力)を重んじる戦略アプローチでした。
② ハメル:コアコンピタンス経営
主要なものとして、ゲイリー・ハメルらによるコアコンピタンス経営があります。コアコンピタンスとは、持続的な競争優位をもたらす、その企業の中心となる能力のことです。
ハメルらの主張は、まず自社のコアコンピタンスを見定め、それを活かすことが重要であり、そのうえでそれが有効なポジションを見定めよ、というものです。ポーターとちょうど真逆の順番を主張していることになります。
簡単にいうと
結局どっちが正しいの? ミンツバーグの答えは「状況による」。肩透かしに見えて、これがいちばん実務的な結論なんだよね!
① ミンツバーグのコンフィギュレーション
ポジショニングとケイパビリティのどちらを重んじるべきか。この論争に対してヘンリー・ミンツバーグは、コンフィギュレーションと呼ばれる主張を展開しました。
これは、どちらを重んじるべきであるかは置かれている状況による、というものです。さらにミンツバーグは、「戦略はパターン化できるものではなく、状況次第で組み合わせる必要がある」としています。
ミンツバーグは経営戦略論のさまざまな立場を10の学派に整理したうえで、どの学派も象の一部を触っているにすぎない、という比喩を使いました。鼻だけを触った人は象をヘビのようだと言い、足だけを触った人は木の幹のようだと言う。どれも間違ってはいないが、どれも全体ではない、というわけです。
② 唯一の答えはまだない
経営戦略がいかにあるべきかについては、現在においても唯一無二の答えがあるわけではありません。そして、昨今の環境の不確実性の高さは100年前とはまったく異なります。そのようなことからも、経営戦略はこれからもさまざまな動きを見せていくことになるでしょう。
簡単にいうと
100年ぶんを1枚の表に。時代・人・主張の3点セットで覚えるのがコツだよ!
① 5つの時代で整理する
経営戦略論のおよそ100年は、次の5つの時代に区切って整理できます。それぞれの時代は、前の時代が抱えた問題や限界を乗り越える形で現れてきました。この「なぜ次が出てきたのか」という流れごと覚えると、人名と理論名の暗記がぐっと楽になります。
② 流れのつながり方
・テイラーが作業を科学にした → 人間性への配慮が足りないとされ、メイヨーの人間関係論へ
・企業が多角化で複雑になった → アンゾフが戦略という概念を持ち込み、BCGがPPMを作る
・分析に偏りすぎた → ポーターが業界構造と位置取りとして体系化
・位置取りは真似される → ハメル・バーニーが内側の能力に目を向ける
・どちらが正しいか決着がつかない → ミンツバーグが状況によると整理
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| 含める(長期的な目的・目標の決定も戦略の一部) |
| 目的の決定+活動方向+資源配分 |
| アンゾフ | 含めない(目的は所与として、その実現手段を扱う) | 参入すべき製品と市場の組み合わせ |
チャンドラーは「どこを目指すか」から戦略だと考え、アンゾフは「目指す先は決まっているとして、どう行くか」を戦略だと考えた、と整理すると覚えやすくなります。
④ 2つの大きな流れ
1960年代以降の経営戦略論は、大きく2つの勢力に分かれてきました。
・ポジショニング派 儲かる市場を選び、その中で有利な位置を取ることを重んじる立場
・ケイパビリティ派 自社の内側にある組織の能力や資源こそが強さの源だとする立場
どちらが正しいのか、両方を組み合わせるべきなのか、あるいはまったく別の答えがあるのか。この論争は現在もまだ決着していません。経営戦略はひとつの筋の通った体系にはなっておらず、複数の見方が並び立っているのが実情です。だからこそ、時代ごとに何が問題とされ、誰がどう答えたのかを流れで追いかけると理解しやすくなります。
照明を明るくしても暗くしても生産性が上がるという不思議な結果から、「注目されている」という感覚や、職場の仲間との関係といった人の気持ちの側面が生産性を左右することが分かってきました。
背景には時代の変化もあります。テイラーの時代は、経済的な見返りさえあれば単純作業の繰り返しも厭わないという風潮がありました。しかしメイヨーの時代になると社会全体が豊かになり、人々はお金以外のさまざまな欲求を持つ存在になっていたのです。
③ フェイヨル:経営管理プロセス
テイラーが工場の作業現場を対象にしたのに対し、アンリ・フェイヨルは企業全体を管理の対象としました。そして企業における活動を6つに分類・整理するとともに(この分類は、のちのポーターのバリューチェーンとほぼ同じ発想です)、経営管理プロセス(計画・組織・命令・調整・統制。のちのPDCAサイクルの原型といえるもの)の重要性を唱えました。
④ バーナード:組織の成立要件(1938年)
チェスター・バーナードは、企業が1929年の世界恐慌という大きな外部環境の変化にさらされていた時代に、企業体は外部環境の変化に対応していくシステムだと考えました。そして組織の成立要件として、
1. 共通目的
2. 貢献意欲
3. コミュニケーション
の3つを挙げています。さらに、共通の目的(=経営戦略)を作ることこそが経営者の重要な役割だとして、1938年に『経営者の役割』を発表しました。
⑤ この時代をひと言でいうと
この時代の経営は、企業内の管理という側面が大きかったといえます。外の環境をどう読むかという発想はまだ前面に出ておらず、いかに社内をうまく回すかが中心の関心事でした。
具体例
テイラーの科学的管理法が、現場でどう見えたかを追ってみましょう。
ある製鉄所で、銑鉄を貨車に積み込む作業がありました。従来は1人1日あたり12.5トンが常識でしたが、テイラーは動作を細かく分解し、「何秒持ち上げて、何秒休むか」まで設計し直しました。その結果、1人1日47トンまで上がり、労働者の賃金も約6割増えたと記録されています。
一方、ホーソン実験ではこうでした。研究者が照明を明るくすると生産性が上がりました。ここまでは予想どおりです。ところが照明を元に戻しても、さらに暗くしても、生産性は上がり続けたのです。作業条件ではなく、「自分たちは特別な実験に選ばれた」という意識と、調査を通じて生まれたグループ内の結束が効いていました。ここから人間関係論が生まれます。
試験のポイント
このように数字や事実に基づいて徹底的に分析していく手法や姿勢は、のちに大テイラー主義と呼ばれることになります。テイラーが工場の作業を計測・標準化したのと同じ発想を、こんどは全社の事業配分に適用したわけです。
③ アンゾフが蒔いたもうひとつの種
アンゾフは「競争に打ち勝つためにはコアとなる強みが必要である」とも述べています。これはその後のコアコンピタンス論やリソースベースドビューにつながりました。さらに「競争環境の特性を理解すること」にも言及しており、こちらはのちのマイケル・E・ポーターの『競争の戦略』につながっていきます。後の2大潮流の種が、どちらもアンゾフの中にあったことになります。
④ チャンドラー:組織と戦略は密接にかかわる
アンゾフと同い年のアルフレッド・チャンドラーは、企業の多角化が進むなかで組織が機能別組織から事業部制組織へと変わっていく状況をふまえ、「組織と戦略は密接にかかわる」ことを提唱しました。一般に「組織は戦略に従う」という言い方で知られる命題です。
デュポン、GM、スタンダード石油、シアーズという4社の歴史を丹念に調べ上げ、いずれも「多角化という戦略をとった結果、機能別組織では回らなくなり、事業部制に移行した」という共通のパターンを見いだしたことが根拠になっています。この命題は、のちにアンゾフが唱える「戦略は組織に従う」と対で問われます。
具体例
BCGがPPMを生み出した背景を、当時の大企業の悩みから見てみましょう。
1960年代のアメリカの多角化企業は、20も30も事業を抱えていました。経営者の手元には各事業部から予算要求が上がってきますが、どの事業にいくら回すべきかを判断する物差しがありません。声の大きい事業部長が予算を取っていく、という状態でした。
そこでBCGは、市場成長率と相対的市場シェアという2つの軸だけで全事業を1枚の図に並べる方法を編み出しました。これがPPMです。成熟して現金を生む事業(金のなる木)から資金を回収し、成長市場でシェアを争う事業(花形・問題児)に投じる。経営者が事業の顔ぶれを俯瞰して資源配分を決められるようになりました。
勘と声の大きさではなく、数字で全社の資源配分を決める。これが「大テイラー主義」と呼ばれた姿勢です。
試験のポイント
なお、ポーターのいうケイパビリティは、活動のプロセスであるバリューチェーン(価値連鎖)の構成要素として整理されています。
③ ポーターが遺した3つの道具
| 道具 | 何をするものか | 学ぶ章 |
|---|---|---|
| 5フォース分析 | 業界の収益性を5つの競争要因から判定する | 第2章 |
| 3つの基本戦略 | コストリーダーシップ・差別化・集中から選ぶ | 第2章 |
| バリューチェーン | 企業の活動を分解し、どこで価値が生まれているかを見る | 第2章 |
いずれも本試験の超頻出項目で、第2章でじっくり扱います。ここでは「この3つはポーターがポジショニングという考え方の下で作った道具だ」というつながりを押さえておいてください。
具体例
格安航空会社(LCC)の戦略を、ポーターの2段階で読み解いてみます。
第1段階(どの市場で戦うか) 航空業界全体は、機材への巨額投資、燃料価格の変動、価格比較サイトによる買い手の力の強さと、けっして魅力的な業界ではありません。そこでLCCは、業界全体ではなく「短距離・レジャー目的・価格最優先の客層」という区切られた市場を選びました。
第2段階(そこでどう位置取るか) 選んだ市場でコストリーダーシップをとる、と決めました。機材を1機種に統一して整備費を下げ、座席指定や機内食を有料にし、折り返し時間を25分に縮めて機材の稼働率を上げる。
注目したいのは順番です。「うちは整備が得意だから安く飛ばそう」ではなく、「この位置を取ると決めたから、そのために整備体制を作る」。これがポーターのいうポジショニング優先の発想です。
試験のポイント
③ バーニー:リソースベースドビューとVRIO分析
ケイパビリティ派の中心人物のひとりであるジェイ・バーニーは、経営資源に競争優位の源を見いだして戦略を組み立てるアプローチをリソースベースドビュー(RBV)として総称しました。
さらに、持続的な競争優位の源となる経営資源を分析する枠組みとしてVRIO分析を提唱しています。
| 頭文字 | 問い |
|---|---|
| V:Value | その資源に経済的な価値があるか |
| R:Rarity | その資源は希少か |
| I:Inimitability | 模倣するのが難しいか |
| O:Organization | その資源を活かせる組織になっているか |
④ ケイパビリティ派に残された課題
ただしVRIO分析には限界もあります。どのような経営資源が有効であるかを示すことには役立ったものの、どうやってその経営資源を獲得するのかという点までは示せていないのです。「模倣が難しい資源が強い」と言われても、ではその資源をこれから手に入れたい企業はどうすればよいのか、という問いには答えていません。この点は試験でも問われることがあります。
具体例
同じ業界の2社が、正反対の道をたどった例で考えてみましょう。
J社(ポジショニング型) 調査会社のデータから「高価格帯の健康食品が伸びている」と判断し、急いでその市場に参入しました。製造は外部委託、原料も市場から調達したため、立ち上げは半年で済みました。ところが2年後、同じデータを見た5社が同じ市場に入ってきます。外部委託の製造も市場調達の原料も他社と同じですから、差がつくのは広告費と価格だけ。利益率は急速に落ちていきました。
K社(ケイパビリティ型) 20年かけて自社で発酵技術を育ててきました。菌株の管理ノウハウは文書化されておらず、技術者の頭と手の中にあります。市場の流行が変わるたびに、その技術を使って商品を作り替えてきました。参入してきた各社は、K社の商品を分析しても同じ味を再現できません。
K社の発酵技術をVRIOにかけると、価値あり(V)、同水準の技術を持つ社は国内に数社しかない(R)、20年の蓄積で短期の模倣は困難(I)、商品開発の体制が整っている(O)。持続的な競争優位と判定できます。
試験のポイント
1990年代以降は、この2派の対立軸におさまらない考え方も次々と現れています。本科目で扱うものだけでも、次のようなものがあります。
| 考え方 | 中身 | 学ぶところ |
|---|---|---|
| プロセス型(学習型)アプローチ | 事前の計画より、実行しながら学んで戦略を立ち上げていく | 第1章 経営管理 |
| 破壊的イノベーション | 優良企業ほど新しい技術の波に乗り遅れる(革新者のジレンマ) | 第4章 技術経営 |
| 組織学習・SECIモデル | 知識をどう作り、組織に広げるか | 第8章 組織行動論 |
| エフェクチュエーション | 目標から逆算せず、手元の資源から始める | 第4章 技術経営 |
いずれも「環境が読めない時代に、どう戦略を立てるか」という共通の問題意識から生まれています。
具体例
ミンツバーグの言う「状況による」が、実際にどう現れるかを見てみましょう。
あるIT企業の15年を追いかけます。
創業期 市場そのものがまだ形になっておらず、分析すべき業界構造が存在しませんでした。創業者は手元にあった技術と人脈から事業を組み立てていきます。ポジショニングの出番はほとんどありません。
成長期 市場が立ち上がり、競合の顔ぶれが見えてきました。ここで5フォース分析を行い、収益性の高い法人向け領域に絞り込みます。ポジショニングが効く局面です。
成熟期 競合も同じ領域に集まり、機能では差がつかなくなりました。ここで効いたのは、10年かけて蓄積した導入支援のノウハウと顧客との関係でした。ケイパビリティが効く局面です。
同じ会社でも、局面によってどちらが効くかが変わる。「状況による」というのは、こういうことです。
試験のポイント
試験対策としては、時代・学者・理論の3点セットを正確に結びつけることが何より重要です。特にアンゾフ、ポーター、バーニーは、時代も主張も混同しやすいので注意してください。
・アンゾフ……1960年代。企業戦略と事業戦略の区分、成長ベクトル
・ポーター……1970〜80年代。5フォース、3つの基本戦略、バリューチェーン
・バーニー……1980〜90年代。リソースベースドビュー、VRIO分析
なお、チャンドラーとアンゾフは同い年で、「組織は戦略に従う」(チャンドラー)と「戦略は組織に従う」(アンゾフ)という逆向きの命題で対比されます。ここもよく狙われます。
具体例
人名が覚えづらいときは、その人が「何に腹を立てていたか」で押さえると残ります。
テイラー 親方の勘で作業量が決まるのが許せなかった。→ 計測して標準を作る
メイヨー 人を機械扱いする風潮に疑問を持った。→ 人間関係に注目する
バーナード 組織とは何かが誰も説明できていないことが気になった。→ 成立要件を3つ示す
アンゾフ 事業が増えすぎて経営者が全体を見られないことを問題視した。→ 企業戦略と事業戦略を分ける
ポーター 「頑張れば儲かる」という精神論が嫌だった。→ 業界構造で説明する
ハメル・バーニー 位置取りだけでは長続きしないことに気づいた。→ 内側の能力に目を向ける
ミンツバーグ どの学派も自分だけが正しいと言うのが気に入らなかった。→ 状況によると整理する
理論は誰かの「これはおかしい」から生まれています。
試験のポイント
プレミアムプラン
¥9,800〜/ 買い切り・自動更新なし(税込)
決済はStripe(世界最高水準・PCI-DSS準拠)で安全に処理されます。カード情報は当サービスに保存されません。